「何者」 朝井リョウ 

図書館で借りて読もうと思っていた本なのですが、どこも予約待ち10人、20人とかで、どうもすぐ読めそうになかったので、古本で購入してしまいました。

昨日、今日で読み終えて、ふう、すっきり。

「何者」 朝井リョウ

何者何者
(2012/11/30)
朝井 リョウ

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直木賞受賞、作者は初の平成生まれ、作家兼会社員の朝井リョウ。
「桐島、部活やめるってよ」を書かれた方です。

拓人(主人公)、光太郎、瑞月、理香、隆良の5人が主な登場人物。この5人は同じ大学に通う就活生同士ということもあり、集まってエントリシートや面接対策を行っている・・・といったお話。

全員がTwitterをやっていて、それが途中途中で登場。最後にわかる、ある秘密の鍵にもなってきます。

TwitterにLine、Facebookと最近話題のSNSが当たり前のように登場します。
いつ書かれた話だろうと、出版年を見たら、2012年。つい最近、発表されたお話だったんですね。

冒頭に、それぞれのTwitterの自己紹介部分がアイコン付きで登場していて、物凄く現実にありそうな感じです。

にのみやたくと@劇団プラネット @takutodesu
コータロー! @kotaro_OVERMUSIC
田名部瑞月 @mizukitanabe
RICA KOBAYAKAWA @rika_0927
宮本隆良 @takayoshi_miyamoto
烏丸 ギンジ @account_of_GINJI

これがTwitter上での5人(最後のギンジは拓人の元友達)です。ありそう。

舞台は現代だし、就職活動やTwitterやらやたらと現実味溢れているし、ファンタジーやSF小説を読んだりするのとは別のエネルギーを使い果たしました。ファンタジーの物語を読んで、現実逃避したいなあ・・・とか思ってしまいますが、「何者」の場合、あまりにも現実に近すぎて、現実が真正面からぶつかってきた気分です。

主な登場人物の5人の皆様、リア充でした・・・。
こんな学生生活、私、知らないよ!(汗)

劇団やったり、バンドやったり、海外留学いったり・・・皆様色々な経験をお持ちで、凄いなあと思ってしまいました。

私もこの5人と同じ世代なので昔の大学生の方がどの様な感じだったのかわかりませんが、今の大学生って本当に色々やっているなあと思います。
サークルやアルバイト、ボランティア、何かのイベント、企画運営、演劇、ちょっとした運動・・・
同じ学校で、大学を飛び出した活動をやっている人、サークルをいくつもかけもちする人、そういった人が結構いたので、正直そういうことをあまりやっていない自分に焦りや嫌気を感じた時期もあったなあ、とちょっと思い出す。

作者の朝井さんは最近まで大学生で、自身も就職活動を潜り抜けてきた・・・ということなので、この小説はその時の経験が活かされたものなのではないかとも思います。

部屋に集まって拓人達はエントリーシート(ES)を見せ合ったり、就活の為の情報を交換し合って、「皆一緒に頑張ろうね!」という流れになるのですが、裏では「ちょっとあれはやりすぎだよなあ」「痛いよねえ」等とこっそり話したり、陰口をTwitterでつぶやいている人も出てきてしまうんですね。

理香からメールアドレスでアカウントを発見できるということを聞き、拓人は就活なんてしないはずだった隆良の就活用ともいえる裏アカウントを見つけてしまう場面があります。
隆良は言ってたことと真逆のこと(就活)を裏でこっそりやっていた訳です。
隆良、就職することめっちゃ否定していたじゃない!と思ってしまいましたが、誰だって本音と建前というものがあるはず。
それが他者によって見つけられてしまうのは、ちょっと怖い。

このように小説には「就職活動」や「大学生」や「Twitter」等々の要素が存在しますが、テーマは題名にもあります通り「何者」ということなのだと思います。

Twitterでの自分と、現実の自分がかけ離れていたり、他者には言えないような思いがあったり、ボランティアや企画運営等の経験である意味自分を飾り立てたり、就職活動で本当なのか定かでもない自己PRをつくっていたり・・・その様な状況が主人公たち5人を取り巻いていて、どこか自分というものとは別の「何者」をつくりだしていました。
作中の中でも理香は留学などの経験で自分を飾り、拓人は“観察者”となることで、かっこ悪い自分ではない、そのままの自分ではない、憧れの「何者か」になろうとしていたのですが・・・

でも、結局「何者」になれることはできなかった。
作中で理香は次の様に言っています。

「自分は自分にしかなれなかった。」
「留学したってインターンしたってボランティアしたって、私は全然変わらなかったんだもん。憧れの理想の誰にもなれなかった。」
「ダサくて、カッコ悪くて、醜い自分のまま。」
「だけどこの姿であがくしかないじゃん」

ああ、自分って何者?何なの?
私も自分が自分でわからない。
かといって何者かにもなれないと思う。

ピングドラムのプリクリ様に
「きっと何者にもなれないお前たちに告げる!」なんて言われてしまいそうです。

人は変わることはできると思いますが、自分とは別物の「何者」にはきっとなれない。

どんなに肩書きばかりをくっつけても、憧れの人と同じ様なふるまいをしても、自分を嘘で飾り立てても、無理。
きっと、作中で理香が人の内定先の評判を調べて安心している様に、どこかの部分でカッコ悪い、本来の自分というものが出てきてしまうのだろうでしょう。

自分はきっと何者にもなれない。自分は自分でしかいられない。
けれども、自分は自分だと認めた上で、また新しい動きもあるのではないでしょうかね。
上に人は変わることができると書いてしまいましたが、
自分を偽り何者かになることと、自分を認めた後での自分の変化は全く別物ではないかと思っています。
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