自殺について。そして「死にたい」という気持ちについて。 

数日前のことになりますが・・・私の祖母の妹さんにあたるおばあさんが亡くなりました。
年齢が80代とのことでしたので、てっきり老衰で亡くなったのかと思いきや、よくよく聞いてみると自宅の物置で自殺していたんだそう。

昔は祖母の妹さんということでよく家にも夫婦で車に乗って遊びに来ていたのですが、ここ数年は病気をして引きこもりがちでした。どんな病気なのか詳しくはわからないのですが、病気のせいでかなり視力が低下して、昔はおしゃれしたり旅行したりするのが大好きな方だったのが一変、病気になってからは気分の落ち込みが酷かったようです。

首つりなのかどういう方法で自殺したのかは聞いていませんが、とにかく驚くばかり。前にあった時、かなりやせてやつれてしまっていて「どうしようもないんだよ・・・どうしようもない・・・」とずっと話していたので、辛そうだとは感じていましたがまさか自殺するなんて。

ここ数年、身近での自殺の話題を耳にするようになりました。お姉ちゃんの同級生が20歳位で自殺したり、父の知り合いのおじさんが車の中で自殺したり、高校生の男の子が自殺したり。・・・

自殺しそうな人がこれまで自分の身近にいたことが無いのですが、もしもいたとして「死にたい」と言ってきたりそぶりを見せたら・・・正直何を言えばいいのかわからない。過去学校で傾聴とかバイステックの7原則とか色々ソーシャルワーク的なものを習いましたが、実際どう反応すればいいのか迷います。
「死ぬなんてダメだよ!頑張って!」なんて言えない。そんな無責任に「頑張れ」と言える勇気、私にはありませんね。「お前に何が分かる」「あんたにこの苦しみが分かるのか」と相手の方に思われてしまいそうで。

自分の知り合いの中に自殺しそうな子はいませんが、普段「死にたい」とよく言っていた子は過去いました。これは自殺直前の死にたいとは違って、Twitterでつぶやく程度の普段ぽろっと出た「死にたい」だと思います。何かにつけて「死にたい」と言って、まあ若かりし頃の自分は何て反応すればわからず「そっかあああ・・・」「へえ・・・」としか返しようが無かった。
しまいにはあまりにもその言葉を普段耳にするので、その子には悪いけれど勝手に「死ぬ死ぬ詐欺」と名付けてその子が「死にたい」と普段いう度に「またか・・・」と心でつぶやいてしまっていたのでした。
その子は「死にたい」とよく言っていても、正直こっちから思えばまだマシじゃんと感じることもありまして。友達もいるし、クラブ活動等もやっていてはるかに私より人脈は広いし、進路も決まってもっと上の学校に行くことになっていたし・・・「何でそんななのに、死にたいんだよ」と段々と思っている自分がいました。時々虫唾が走ったり。

そんなことを当時は感じてしまっていたのですが今になって思うのは、「他人に他人の辛さは全部わからないよな」ということです。
他人になれるわけでは無いのですから、わからなくて当たり前。こっちが相手のことを「まだ死ぬレベルじゃないじゃん・・・」と思っても、何回も「死にたい」と言ってしまう様な理由が何かあってこっちからみていくら相手が恵まれた環境にいると思っても、その実情は本人にしかわからないのだろう。そんな風に今は思えます。

まあそんなことを思う半分、どうしていいかわからない気持ち半分、虫唾が走る気持ち半分・・・(あ、100にならなかった)が正直ありますね。完全なる広い心を持つ聖人に、私はまだ到達できていない様です。いわゆるかまってちゃんな人もいますから、いちいち「死にたい」の言葉に振り回されていたら疲れますし・・・

ちなみに私は中学生とか高校生の頃は「死にたい」って思っていましたが、死後のこととか死ぬ時の苦しみとか地獄のこととか考える内に怖くて死にたいなんて考えられなくなった人間です。びびりです。ただ「死にたい」とまではいかずとも「消えたい」とかはありますね。穴の中に入りたいと言いますか。人間だもの(by相田みつお)。「死にたい」とか「消えたい」とか思ってしまうのは人間だからそういう時もあるよ。そういう時もあって良いんだよ!っと私は声高に叫びたい。

さてさて・・・身近なおばあさんの自殺で色々と死について考えさせられ、自殺とか「死にたい」という気持ちについて書きました。しかし何をやってももうあのおばあちゃんは帰ってこない、そればかりは本当にどうしようもない。しょうがないです。

~おわり~
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