「何様」 朝井 リョウ 

本屋さんでタイトルを見て、あれ、前に読んだあの本に似ているな・・・と思いきやよく見れば関連本でした。

10月には映画が公開される小説「何者」。

そのアナザーストーリ集ともいえるのが「何様」。
今回は「何様」についての記事になります。

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「何者」を読んだ当時の私は就職活動中の大学生でした。
まさに「何者」に登場する主人公たちと同年代。合間に挟まる就活エピソードにうなづく部分も多かったです。

「何様」に収録されているのは

『水曜日の南階段はきれい』(光太郎の高校時代の話。)
『それでは二人組を作ってください』(理香、隆良の出会い。)
『逆算』(社会人のサワ先輩が登場。)
『きみだけの絶対』(ギンジの甥っ子が登場。)
『むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった』(瑞月の父が・・・)
『何様』(拓人を面接した面接官と、あの時の面接で入社したまゆげカッターの人のその後。)

あれ、以外にも「何者」の主人公・拓人の姿が無かった。
光太郎、理香と隆良、瑞月の父の話は「何者」より過去、その他は未来のお話しだと思うのですが、拓人については過去も未来も語られていません。読み終えて、拓人、あの後、どうなっちゃったんだろうなと実は思ってしまいました。彼もまた、「何者」より未来の世界で生きているのかもしれません。・・・

どれが印象的だった?と聞かれれば全部頭に残ったと言いたいのですが、いくつかをピックアップしてみます。

・光太郎の想い人、夕子さん

翻訳家になりたい、という夢を持って、高校卒業後ひっそりと海外留学へ旅立った夕子さん。
にぎやかな教室で過ごす中でも、しっかり自分というものを持ち続けてきたんだろうな。
こういう人って凄いと思います。高校とか大学の時代って、私の場合ですが、何となく周りに合わせることが多かった気がするからです。
周りも行くから大学に行く、周りの子もこうだから何となくそうするって。もちろんそうじゃない人もいると思いますが、周りに流されることが多いのってこの位の年代じゃないかと。その後の人生では考えられない程、自分と同年代の人間と長い時間接して、同じ授業を受けて学校通って・・・自分と同じことをする同じ年頃の人と過ごす時代だからこそ周りに流されやすくなるんじゃないかと感じます。「同じ」共通部分がお互いに多いからこそ、真似するというか、その流れに乗っかりやすいというか。上手く言えません。

私も、大学に行くって考えたのも根っこには周りが行くからっていう意識があったから。将来こうなりたいっていう明確なものが見つからなくて、ぼんやりとしかなくて、ただ資格が取れるからとかそういう理由もくっついて大学進学を決めました。

ただそれも当たり前かなとも今になっては思います。たった十数年しか生きていない、しかもこれまで学校行く位しか経験のない人間が急に明確な夢を持てますか・・・何か夢を持つきっかけになる経験をしていなかったのでこういう選択肢を取ったのも当たり前な気がします。将来の選択肢を広げるために勉強をするんだ、学校に行くんだという話を以前聞いたことがあるのですが、明確な夢がなくても、そういう意思で大学等進路選択するのも、また正解だと思うんですよね・・・今は。

唯一自分自身が後悔しているのは、もっと色々なことに挑戦してみれば良かったなということです。
先程、明確なものがなかったと書きましたが、昔からぼんやりとしたやってみたいことはあったんです。漫画が好きだから漫画家になりたいとか、小説書く人になりたい、とか。現実的なものではないと言う人もいましたが、挑戦してみても良かったんじゃない?挑戦するのは、タダなんだし。
挑戦して、やっぱり駄目だったっていう失敗経験もやらなくてはできないんですよね。駄目だったから諦める、やめるっていう経験も起こり得ないんですよね。やらなければ。
何か挑戦してみよう、と決意しやってみたことの1つが、私の場合ドールカスタムだったんですが、結局失敗して諦めました。ドールウィッグのパーマに失敗、服作りが上手くいかない、ドールヘッドにメイクしたら大変なことになった・・・その内、これは向いていないのかもしれないと疲れを感じはじめ、最終的にはやめてしまいました。もったいなかったかなとも今でも思いますが、これはこれでやりたいことできたから良い終わりでした。またやりたくなれば、やればいいっていう気持ちに最後は行きついて、今はやめました。

だいぶ、「何様」の夕子さんの話から離れてしまったので戻ります。
夕子さんという人物を目の当たりにして感じたことは、自分を持つ人への憧れと、もっと私も挑戦すれば良かったなという後悔の念。
光太郎の高校時代の恋愛話だったはずですが、私の場合、夕子さんっていう人物が印象的過ぎました。夕子さんは果たして夢を叶えることができたのでしょうか・・・?

・2人組を作れない理香

「何者」では意識高い系の就活生として登場した理香。苦手だな、と感じた人物だったのですが、「何様」を読んでもそれは変わりませんでした。

やっぱり、苦手・・・

そんな印象の方なのですが、読んでいて共感したのは誰かにとっての特別な存在としての自分を探すさびしさ。

理香の場合はルームシェアの相手を見つけるために、比較的仲の良い友達に目星をつけ、その友達が好きそうなインテリアまで揃えるけれど、結局その子は別の友達とルームシェアの計画を立てていて見せようと思っていたインテリアも理香は披露できず・・・っていう話の流れが心にずしっと来る。

3人組の場合、2人と1人になる状況が起こると思いますが、そういう時、人の輪の中にいても一層さびしさを強く感じるんですよ。
それで、誰かにとって特別な存在・・・親友とかになりたいとかそういう存在が自分にはいないのかなとか思っちゃうのですが上手くいかなかったりして。

インテリアを用意する辺り、真面目なんだなと思いつつちょっと怖いなとも感じながら、でも結局計画が失敗に終わっていたたまれない気持ちになりました・・・無理しないといけない関係性ってそれ本当に友達なのかな。でも、仲良くできる存在がそういう人しかいなかったらその人にすがるしかないよなあ・・・理香の気持ちもやはりわからないこともない。

・人生の逆算

「逆算」では、主人公の女性が色々なことを逆算していますが、最近私も似たようなことを考えていました。

「今のあなたの年齢で私はお父さんとお見合いで出会って結婚して、数年後には子供も生まれたのよ」
と私の母は言います。
私の年齢で結婚相手を見つけたんだな・・・という事実を突きつけられ、物凄く嫌に感じます。あまり、考えたくない事実です。

「逆算」の主人公も26歳のクリスマスに父と母がディズニーランドに来ていて、その内自分自身が生まれて、それなのに自分はそうなれていないっていう逆算をする訳ですが、こういうことを考えると大変焦ります。

色々な人生のタイムリミットが迫っている気がして。

受験して学校行って、大学4年の時は就職しないといけないとと、その期限に必死になって、就職したかと思えば次は結婚。まだ誰とも出会っておりませんが。あれをこの年齢までにやらなければっていうことが多すぎるのよ!

最近、自分自身こういう人生のタイムリミットを非常に感じるようになりました。

就職も結婚もその後のことも、一体誰がそのタイムリミットを決めたの?

焦らせないでほしいのです。

時たま、人間が年齢、名前、出身地、容姿、あらゆるものが生きるのに何の関連もなかったらどういう世界になるのだろうって考えます。
人間が勝手にくっつけた価値とか意味とか捨て去ったら世の中どうなるのだろう。・・・そうなった時、まさに一人一人が「何者」?な状態になりそう。
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